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お父ちゃん助けてー
1ヶ月くらい前になるでしょうか……。
その日は、連休とあってホテルも満室。
たくさんのお客様とわんちゃんが、お泊まりに来たときのことです。
夕食後、わんちゃんコミュニケーション広場で、「こんにちわんこ」、「私、ポーちゃんよろしくね」などと挨拶をしたり、ダックスちゃんやコーギーちゃんと遊んだりしているときでした。
カウンターのところに、パパとママに連れられてハスキーちゃんがおとなしく座っていたのです。
他のわんこが「ワンワン、キャンキャン」言おうとも、ジィーッとしていて動かなかったハスキーちゃん。
私は、どんな子でも仲良しさんになれると思っていたので、
「ねぇー、一緒に遊ぼうよ」
とハスキーちゃんに向かって、一直線に走って行ったのです。
ところが、あのおとなしそうで優しそうなハスキーちゃんが、いきなり私の首元をくわえ、振り回したのです。
「キャイン、キャイン、キャイーン(お父ちゃん助けてー、お母ちゃん痛いよー)」
私はこの突然の出来事に、痛さと怖さで身体がブルブル震え、逃げることも出来ずハスキーちゃんの口にぶらさがったまま、大きな声で叫んでいました。
私の泣き声を聞いてすっ飛んで来たお父ちゃんは、「ヤメロー」と叫びながら、右手でハスキーちゃんの目をふさぎ、左手を口の中に突っ込み私を助けてくれたのです。
驚いたハスキーちゃんのパパとママは、あわてて首輪をつかみ「大丈夫ですか? 怪我しなかったですか?」と心配そうに覗き込み、「こんなこと、初めてなんです。今までわんちゃんや人に噛み付いたことなど一度もなかったのに、どぉーしちゃったんだろう。すみません。本当にすみません」と謝りながら、ハスキーちゃんの頭にゲンコを何回もしている。
「いやー叱らないでください。本気で噛み付いたらポチは今ごろ、天国ですよ。ヒラヒラの洋服着て、ちょこちょこ走っていたからおもちゃと勘違いしたんですよ。リードを付けて、おとなしく座っていたこの子にポチの方から寄って行ったのですから、こちらが悪いんです。気にしないでください。かえって申しわけないと思っています。すいませんでした」
と、お父ちゃんも頭を下げた。
私を抱きかかえるお父ちゃんの手は、ハスキーちゃんの鋭い歯にあたって切れたのか、たくさんの血が噴き出ている。
コミュニケーション広場にいたお客様たちも、お父ちゃんの血を見て危険をさらに感じたのか、あっちこっちで遊んでいた子供たちをあわてて抱き上げ、「大丈夫ですか? 噛まれたんですか? 病院に行った方がいいですよ」、「あの子に噛まれたんですか? 怖いですねー」などと言いながら、お父ちゃんの周りに集まって来た。
ハスキーちゃんは、いきなり目をふさがれたり口を開けられたり、パパとママに叩かれたり、何がなんだかわからないまま「フゥウゥ〜ン(ごめんなさい)」とうなだれている。
さっきまでぎゃーぎゃー騒いでいたお母ちゃんも、お父ちゃんの腕に抱かれている私を見て少しは我を取り戻したのか、「お騒がせしてすみません」と言いながら、私を抱えてコミュニケーションルームを後にした。
お部屋に帰っても、お母ちゃんの心臓音のバクバクと私の全身のブルブルは止まらない。まるで館内中に広がっているような大鼓動。
「ポーちゃん、どこか痛くない? 大丈夫? ここ? ここ? ここ痛いの?」
と、あっちこっち触っては、
「神様、仏様、大黒様? 犬神様?……ポーちゃんを助けてくれて、ありがとうございます」
とお祈りをしている。
いったいお母ちゃんには、何人の神様がいるんだろうか?
それに、助けてくれたのは神様じゃなくお父ちゃんなのに、なんでお父ちゃんの名前が出ないんだろう?
幸い優しく噛まれた私はかすり傷程度で、動物病院に1回行っただけですんだのですが、お父ちゃんの手はグローブみたいに腫れあがり、長い間、人間の病院に通うこととなりました。
お母ちゃんは「キャッチボールしようか? お父ちゃんおっきいミット持っているからキャッチャーね」などとからかっているけど、あの日以来、お父ちゃんにすごーく優しくなったような気がします。
晩酌のおかずも豪華になったよね、お父ちゃん。
そんなこんなで、社交的な私が大きなわんこに近付くと、あのときのショックを思い出してしまうのか、すぐ抱きかかえてしまうお母ちゃん。だから、このわんちゃんにも警戒しているんだと思います。
わんちゃんは、ちょっとした物音や他の人が通るたびビクビクと身体を動かすけど、ガツガツガツ、ガツガツガツと、お母さんが持って来たごはんをおいしそうに食べている。
「よっぽどお腹がすいていたんだね」
山盛りにあったドックフードを1粒も残さず食べ、大きめの器になみなみ入っていたお水も全部飲み干し、満足そうな顔でお母ちゃんを見上げている。
「おなかいっぱいになった?」
お母ちゃんが声をかけると「くぅーん(ありがとう)」と言って、しっぽを振りながらゆっくり近付いてきた。
お母ちゃんが手の匂いを嗅がせて、そーっと頭を撫でると、幸せそうな顔と優しくなった目に、涙がいっぱい浮かんでいるように見えた。
「困ったわね。うちには大勢の子供たちもいるし、男の子だからお客様の子と喧嘩するかもしれない。かといってこのままでは可哀想だし、どうしたらいいんだろう?」
お母ちゃんの悩みは、当分続くのであった。
しばらくしてわんこは、トコトコと寂しそうな背中を向けながら、大室山の方へと消えて行った。
それからというもの、毎日お昼ごろになるとごはんを食べに来ては、フェンスから妹たちが遊んでいるのをしばし眺めて帰るという、優雅な日々? が続いた。
妹たちも「ワンワンワン(怪しい奴だ)」と吠えるのをやめ、しっぽを振りながら「フウーンフウーン、フウ〜ン(こっちに来て遊ぼうよ)」と、少しずつ仲良しさんになってきた。
あの子が来るようになって何日くらいたったころだろう。いつものように遊びに来てごはんを食べていると、
「あっそうだ! 名前を付けてあげなきゃ。いつまでも名無しじゃ可哀想だもんね」
と、お母ちゃんは腕を組みながらわんこを見ている。
「何がいいかなぁー」と真剣に考え始めたかと思ったら、「ジョンでいいか! そうだジョンにしよう」と1分もかからず決めてしまった。
まっ、私たち姉妹の名前を聞いてもらえばわかると思いますが、しりとりになっていたり、今、話題になっている人物の名前だったり、私のように、猫ならタマ、犬ならポチという考えで、女の子にもかかわらずポチなんてつけられてしまったのですから……。
ジョンという名前は、良い方じゃないのかなぁー。 |
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大川 愛子さん |
| 栃木県出身。生まれたときから大勢のわんことにゃんこに囲まれて、とびきり明るく育つ。1999年に伊豆高原に、優しい夫とわがままをなんでも聞いてくれる姑、そして家族のような動物大好きスタッフ15名と一緒に、ペット同伴専用のプチホテル・サンロードをオープン。 |
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